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2年くらい前に親に買って貰ったチョイノリを、今日初めてまともなバイク屋さんに持っていった。
尾灯ランプがつかなくなっていたので、これじゃ又捕まる(一回整備不良で罰金)ので。
そしたら、そこのおっちゃんに「チェーン緩んでるよ」といわれ、その間いろいろとチョイノリについて話してくれた。
まぁ、分かってはいるけど、だめバイク。
しかもエンジンって、発電機用のらしい。だからあんなにうるさいのかぁ。
もともとこんなに回せる作りにはなっていないらしく、すぐにがたがくるそうだ。
むしろ、どんなバイクよりもメンテが必要らしい・・・。
それなのに2年放置で走ってた私のチョイはちょっとすげーな。
尾灯ランプに至っては、フィラメントは振動ですぐ切れてしまうらしいんだが、
チョイは、エンジンの振動、でこぼこ道の振動、がそのまま座席、ライト部分にくる。
これは、、、欠陥と言っていいんじゃないの、か??
しかし、(多分)安さのため、大した苦情にもなってないようだわ。SUZUKIめ!
「買ってから一回も整備したこと無い」という話から、
エンジンオイル、チェーン張り、タイヤの気圧調整、(もちろん)尾灯ランプ交換
を行って貰った。
なんか、気分の問題なのだろうが、ちょっと快適になった気がした。
いいおっちゃんだった。
一泊の予定がとんとん拍子で2泊・・・。
なにやってんだ、私。
まぁ、男の子を落とすゲームというのを生まれて初めてやったんだが、もともとのハマりやすい気質のおかげで、ちゃっかり楽しめてしまった。別にはまってはいないけども。
5人の男の子の中から一人選んで落とすんだけど、一晩一人、で2泊なので2人(ナオジとオルフェ)を落としてみました。
が、オルフェは失敗。だって、ナオジが気に入りすぎて、やる気無くなっちゃったんだもの。帰り際、ナオジに誘われると断れない私・・・。ごめん、じゅん。あぁ、きもいなぁ、自分。
まぁ、ゲーム自体はだるい部分が多々ある。一人じゃできないな、と感じました。
女の子怒らせるとめんどくさいし、自分のレベルも上げなきゃいけない。この自分のレベルあげるのは、まぁもほとんどオートなので構わないんだが、女の子を放って置いて、電話かかってきちゃったりするともう最悪。めんどくせー!!
せっかく上げた好感度を、何故にこんな正確の悪い友達に無駄にされなくちゃならないのか、そもそもなんで主人公はこんなやつらと友達なのか、いや、それを言うならばそもそも主人公が馬鹿過ぎていやだ。
とか、いろいろ気になる点があるゲームです。
人とやったからこんなに楽しめたんだろう、と自分を説得。
私はまだ平気だと言い聞かせてます。

大塚にある、街角の広場。
防災の為に作られているらしい。
その10番目となる、「なまず広場」。
いろいろと東池袋の住宅事情の歴史の説明とか、なにがこの広場の目的なのか、
とかは書いてあるんだけど、いくら探しても、なぜなまずなのか、だけは書いてなかった。
ちなみに、写真の左に写っている黒いやつは、なまずベンチ。
ひとまず、豊島区の中央図書館に行き、地図を貰う。
そこで、大塚の歴史を軽く見てみる、が、ビックリするくらい無い。
まさにノーインフォメーション。
豊島区の歴史をまとめた本は沢山あるんだが、そのほとんどが巣鴨と池袋のことしか書いてない。
大塚のことは、全体の2%くらいしか書かれていない。
で、まぁその地図を見て、豊島区と文京区の境目が変な形になっているところに行ってみることに。
住所としては東池袋にあたる。
そこは、小道が入り組んでいて、新しい建物と古い建物(かなりが空き家に見える)が
混在していた。
一つ小道に入っていったら、気付いたら道ではなくなっていて、家と家の間を
通っていた。こういうところって通ってるの見つかると怒られたりするんだよな、とか考える。
その小道を歩き続けていたら、なぜか、ふと道が途絶えて、目の前に都電の線路が。

都電だから許されてるな、これ。
で、まぁ多分トータル8キロくらい歩いた。この暑い中。
普段あまり活動しないので、筋力がすげー無いと自負している私は、やはりというかなんというか、5キロくらいで
膝が痛くなりました。
ふくらはぎとかじゃないの、もう、膝の骨が直に痛くなった。
弱すぎ。
最近は地震が多くて、小さい頃には一回くらいしか経験した記憶のない様な規模の地震を、週一で経験できる。おかげで、地震に対してビビリな私も、さすがに慣れ始める。
こないだ舞台(?)のお手伝いをして、写真はその時の小道具。
こんな光景を実際観たことがなかったもので、ちょっと夢の世界のようで、はしゃいでしまった。

前回書いた「アフォーダンスの行為」を読み終わる。
人々の様々な行為を細かく観察、検証してそこから環境と知覚について書いてある本。
アフォーダンスっていう概念を大まかにしか分かってない状態で読んだが、これはわかりやすくて、面白かった。特に面白かったのは、視覚障害者がどのように 道順などの周囲を知覚しているか、というのと缶詰打検師(缶詰を叩いて不良品を判別する人)がどうやって、缶詰の中身の微妙な差を選別しているのか、とい う話。
視覚が遮られたことで他の感覚器の能力が向上するのは、なんとなく、そうなるだろうなと感じていたけれど、まさかこれほどまでとは思わなかった。空気の流 れによって、空間の広がりを感じ取り、別の道に出たな、とか、壁の反響音によって壁からの距離を感じ取ったり。「感じ取る」っていうのが良いなと思う。目 で見て新しい状況を知れてしまう、ってことが、やっぱ怖い気がしてしまった。打検師のも大体近い。小さい球が先端についた棒で缶詰のふたを叩いて、その返 りとか音とかで、中身の状態を感じ取る。
興味があったら一読あれ~。
浦沢直樹の漫画は、どんどん登場人物が多くなってきて、キャラが見分けにくい+覚えにくい。
しかも今回は年齢層が一緒のキャラがいっぱい出てくる。
しかも、彼らの小学校時代なんてのが結構重要なのに、子供だから、尚更見分けがつきにくい。
18巻まで読んだけど、ちょっとめんどくさくなってきた。
こないだはDEATH NOTEをよんだ。
これもまた、よくジャンプでこんな面倒な話が連載できてるな、と
思う程めんどくさい話。
設定はすっごくジャンプっぽいんだけど、台詞もややこしいし、
一つの話のスパンも長い。
でも、少年漫画系のトントン拍子に話が大きくなっていったり、その度に次の敵(?)が出てくるのは健在。
そのトントン上がりっぷりが、話のめんどくささの割に解りやすくって、
余計にめんどくささが増す。
うぅん、何でジャンプのキャラはあんなにキワいんだ。
まだまだやらなきゃいけないことはいっぱいだけど、時間に余裕ができたのがよい。
今日はアマゾンから本が届く。
「家のきおく」
「都市アメニティの経済学」
「アフォーダンスー新しい認知の理論」
頼んだの忘れて、こんなに一気に来てびっくりした。
「家のきおく」に至っては、何で買ったのかすら覚えていない・・・。
まぁ、これが読めるのはまだ先。早く前の2冊を読まなくちゃ。
関係ないが、自分があまり若くない(実年齢)と思うと共に、
自分が凄く幼い(頭の中)と思うことが多くて、情けない。
そしたら授業が休講だった。意味無し・・・。
んで、今週に控えている報告会のため、机を探す。
しかし、見つからない。その辺りからちょっとテンパって来て、
やたらとメーリングリストにメールを流す。
結局ある程度目星をつけて、ようやく落ち着き出す。
昼に学校行って、机用意するためだけなのに、8時になってしまった。
自分って、つくづく人のためになら働けるんだと確認。
友人が入院した。ここ半年で二度目の入院。
彼女のカラダは一体今どうなっているんだ。
今週末にでも、見舞いに行こうと思う。
今日は、学校から
「アフォーダンスと行為」佐々木正人著
「映像のポエジア」タルコフスキー著
の2冊をレンタル。
今週末にならないと読めないけど、とりあえず借りる。読みたい。
ソロで出した曲が流れてた。(もちろん初めて聞いた)
バンドの時の音と、大した変化もないように見えた。
ただ、歌詞はちょっとシンプルになったのかな?ってかんじ。
言われていたとおり、ワンマンバンドだったのを証明してしまったくらいだ。
「そろそろこのバンドも終わりでしょ」とライブ中に言ったらしいってのを
最近聞いたこともあって、ちょっと昔を思い出す。
今までずっと、あの頃の自分を否定しまくっていたんだが、
まぁあのころの行動力や情報収集能力、それの源となる活力が今となっては
たくましく見える。でも、判断力はかなり低かったと見える・・・。
ただ、あの頃から自分がそこにいる場所、とかいる理由に疑問を感じて
いたんだが、いまだによくわからないのかもしんない。とも思う。
あの頃知り合いになった人たちと、もう全然連絡も取れなくなってしまって、(故意に取らなかったんだけど)
それなりにあの時の人々がすこし気になる。
ちなみに、あの時のHNを検索したら、未だに残ってるところあることが発覚。
本命の方のじゃなかったけど、2000年のログが残ってるとは驚き。
そして、読み直して、あの時私がどれほどそのことに生活をかけていたかが解った。
恥ずかしいやらなんやら。
深夜なんかとうに過ぎて、朝方。
新しい本棚を買ったおかげで、よく分からないテーブルを捨てることが出来た。
捨てる直前、一瞬「これ塗り直したらなんかに使えるんじゃないか」という考えが
頭をよぎったが、どうせそうやって結局使わないで邪魔になってしまうんだと。
思い切って捨てる。
こういう時の決断力は、大抵後で後悔する。
そうやって優柔不断になっていって今に至る。
本日は天丼を食べるつもりがフライングして、大戸やのかつ煮込み。
しょっぱくって、最後まで食べられない。
夜、友人に電話して細々したことの話をする。彼女のこざっぱりばっさり
切ってしまうところにちょっと安堵。
朝方、カップラーメンを食べる。
これなら味が濃くっても大抵平気。
これは素材の味を生かしたら不味くなるから濃いのであって、
いろんなあじのもとがこれでもかとばかりに強調して打ち消しあってるのが、
舌がいかれた時間には丁度いい。